脇見恐怖症に苦しんでいて、同じ悩みを抱える人が集まるオフ会に参加してみようかなと考えている人向けです
この記事では、「脇見恐怖症の人がオフ会に参加すべきでない理由」について解説しています。
自分の視線をコントロールできないことに悩む人がいます。
自己視線恐怖症や脇見恐怖症と呼ばれる症状です。
視線恐怖症の中でも、比較的珍しい症状であるため、悩みを共有する相手を見つけることが難しいです。
しかしインターネットが普及してから、視線に苦しむ人どうしで集まることができるようになりました。
とはいえ、オフ会に参加することには、メリットとデメリットの両方があります。
そして長期的に考えると、メリットほとんどなくて、デメリットが圧倒的に多いといえます。
本記事では、オフ会に参加すべきでない理由について、筆者の体験談から詳しく解説していきます。
【克服可能】脇見恐怖症が一生治らないという話は嘘です【体験談】 - 途中待機.com
【体験談】脇見恐怖症の人がオフ会に参加すべきでない4つの理由
脇見をすることに苦しむ人が、オフ会に参加すべきでない理由は、以下のとおりです。
- 症状を治すためには「忘れること」が重要
- 一時的な気の休めにしかならない
- 視線の悩みは場合によってうつる
- メンタルがやば過ぎる人に出会う
同じ悩みを相談することで、一時的な安心感は得られますが、家に帰り翌日目を開けると、症状が全く治っていないことに気づきます。
結局のところ「傷のなめ合い」にすぎなく、自己肯定感を下げて、症状が回復したときのイメージがしにくくなるのです。
それぞれの詳しい理由については、以下からどうぞ。
症状を治すためには「忘れること」が重要
脇見恐怖症が完治した状態は、自分の視線の方向だったり、他人から見られていることを意識しないことです。
分かりやすく言い換えると、視線に意識が向く状態を「忘れる」ということでもあります。
普通の人は、視線について深く考えることはありません。
何かに失敗したり、大勢の前に立つときに、恥ずかしいという感情から気にするくらいです。
そのため、視線に悩んでいることを伝えても、ピンとこない人がほとんどです。
同じ悩みを共有する会に参加することは、普段より症状について深く考える機会を作ることでもあります。
時間をかけて悩んでしまうと、忘れるという状態に移行するのが難しくなり、完治までの道のりが遠くなります。
一時的な気の休めにしかならない
脇見恐怖症に苦しむ人と、脇見あるあるについて話すと、控えめに言ってもめちゃくちゃ盛り上がります。
はじめて理解者に出会えたことに深く感動すると同時に、いつか完治するという妄想を考えることになるのです。
とはいえ、目の前にいる人間を冷静な目で見ると、自分の視線に苦しむ状態から抜け出せない人であることに気づきます。
悩みの解決法を知らない者同士が、話題を共有してもポジティブな変化は生まれません。
逆にネガティブな沼に入り込み、共倒れになる可能性が高まります。
視線の悩みは場合によってはうつる
視線の悩みの特徴は、心が弱っているときに、伝染してしまうことです。
特に共感能力が高い人は、相手のネガティブな面に深く向き合うと、悩みをそのまま引き受けてしまいます。
そのため相手の気持ちがよく分かったり、痛みを自分のことのように感じる人は、できるかぎり脇見恐怖症の人との付き合いを避けるべきです。
SNSで交流するくらいがちょうどよくて、実生活において直接悩みを聞くのはやめるべきです。
メンタルがやば過ぎる人に出会う
筆者は、大学4年生の時に、都内で脇見恐怖症のオフ会に行ったことがあります。
ミクシィの掲示板で募集があり、自分が他人からどのように見えているか気になっていたため、参加することにしました。
(当時はFacebookやTwitterなどのSNSがない時代)
集まった人数はたしか5人くらいでして、20代の男女でした。
一番印象的だったのは、脇見恐怖症であると言われても、全くそうと思えなかったことです。
オフ会を通して、自分はずっと嘘をつかれているんじゃないかと思うほどでした。
ただし1人だけ、明らかに脇見恐怖症を抱えていると分かり、言動がおかしすぎる人がいました。
元から精神的に不安定なのか、症状が重症化したことが原因なのか分かりませんが、街中で歩いたら皆が避けて歩くレベルの人でした。
その人を見て、この症状には軽い状態と重い状態があることがよく分かり、自分がまだマシであることも実感しました。
そのやば過ぎる人の特徴は、端的に言うと、「目が強い」ということです。
目力が強いというよりも、見ているというオーラが強く出ていて、かなり居心地が悪かった記憶があります。
オフ会というのは、知らない人と集まることでして、リアルにやば過ぎる人と出会う可能性があることを忘れてはいけません。